追悼特集;鉄人Cさんの想い出

診療所からの往診患者さんで、92歳のCさんは、いつも寒い
屋根裏部屋でひとり7年前に亡くなったおじいさんの遺影を抱いて
暮らしていました。そのCさんの想い出です・・・

1997/3/4 おばぁはん、顔焦げてるで

今日は月の第一火曜日ですから、わりと診療所から遠いところを
まわる往診の日なのですが、その手始めはまずは近いところをと
言うことで豊中駅近くのとある小さな工務店の2階に住むCさんの
家に行きます。


工務店と言っても大きなものではなく、1階はいろんな道具やら
がらくたやらの置き場になっていて、2階の4畳半と3畳のところ
におばぁはんが生活しています。電気ストーブが一つあるものの
とても冷え冷えして寒い部屋です。

今日も行ってみると、寒い部屋の中でおばあはんが、そのストーブ
に顔を突っ伏して(!!)寝ていました。おいおい、と揺り起こすと
のそっと顔を起こしたのですが、その顔を見てびっくり(*_*)

「お、おばぁはん、顔焦げとるで」

見ると、おでこやらほっぺたやらが赤黒く色が付いているのです。
あきらかな水疱ではないので、まったくの火傷ではなくいわゆる
「赤外線焼け」の状態だったようなのですが、あのままではその
うち剥皮してくるでしょう。あぶないところでした。

こういう人がいるかと思えば、同じ市内に部屋から玄関まで出て
来るのに3分もかかる家に住んでるばぁさまもいる。豊中とは妙な
ところですわ・・・

1998/1/6 さすがは正月・・・

さて、今日は本年最初の往診日です。今週はあの電気ストーブで
顔を焦がしている「Cばあさま」のところへいく週。彼女のところとか、
次のKさんとかIさんとかの、アパートあるいは
文化のひと部屋だけ
の家から、Nさんとこのような玄関にセキュ
リティロックのかかるよう
な高級マンション、はては最後のK
さんのとこのように大邸宅まで、
今日は豊中市のあらゆる階層の
家を回る日になってます(^^)

さて、そのCさんのところ。こちらも勝手知ったるなんとやらで、下で
勝手に靴脱いで勝手に階段上がっていきながら「C
さーん、往診きま
したでー」と叫んで部屋に入って行くのが常です。
なにせこのくらい
やらないと耳の遠いCさんは居眠りから覚
めないのです(^^;;)

部屋に入ると1年中陽の入らない部屋なので、たたみもじとっと
しています。そこに万年床を敷くともう3畳の小さな部屋は一杯
です。着替えが脱ぎ散らかしてあったりもして相当汚いのですが
今日訪れてみると

「お、Cさん、今日は結構きれいにしとるやないの」
「ま、正月やでなぁ・・・」

なーるほど。まだ世間は正月でした。でもこの正月のおかげで
Cさんの部屋の畳は年に一度の掃除をして貰えることになっ
たわけです。

1年中正月だったらいいのにね(^^)

1998/7/29 真夏に涼しい話

今日は定例の往診日で、作業場の2階のじめじめした部屋で
一人暮らしているあの「C」ばあさんの家に行く日でした。
先日から腰痛でうなっているとの由で、鎮痛剤などを携えて行っ
たのですが、訪問して診察をし、血圧などを測っていると、急に
ばあさま喋り出しました。それがまた・・・

「先生、昨日爺さんが話し掛けて来ての」
「ええっ??」

爺さんと言うのは数年前私の病院で亡くなったご主人のことで
ばあさんの部屋に大きな遺影が掲げてあるのです。

「あの写真の口のヘンが動いての、なんか言うとんじゃわ」
「なんて言ってるの?」
「それがまた聞こえんの。口はたしかに動いててな、目元も
笑っとるんじゃけどね。そろそろ来いちゅうとるんとちゃうかな」

言われて改めて遺影を眺めてみると、結構大きな写真でしかも
白黒で、斜め下から微妙な光加減で見ると表情が変わるようにも
見えます。腰痛で眠れないのでよけいに夕方の薄暗くなったときに
錯覚が起こったのだろうと、科学的に説明は付くのですが、でも
寂しく暮らすばあさんが、この薄暗い薄ら寒い部屋に一人で居たら
爺さんが気に病んで出て来てもおかしくないような気もしてしまい
ました(^^;)もうすぐお盆だしね。

くそ暑い日でしたが、少しは涼しくなったひとときでありました・・・

1998/8/25 Cさん、干物状態

時折私のこの往診関連エッセイにご登場いただくCばあさんのところ
へ、今日も往診の幕開けに訪問しました。

部屋への階段を上りながらいつも「Cさーん」と声をかけるのですが、
今日はその階段の途中で、妙に2階がむっとしている事に
気づきました。
上がりきってみると、裏の窓は開け放たれている
のですが、まったく風
が入らず、しかも天窓があってちょうど真昼
の太陽光線が部屋に注い
でいます。どう考えても室温が35℃をくだら
ないと思われるその部屋で、
Cさんは畳にタオルケットだけ敷いて
腰巻き一枚でオッパイ丸出しで(^^;)
寝ていました。


慌てて声をかけて揺り起こしてみると、「ほぉ〜」とかいいながら
目を覚ましました。でも、こんなサウナ状態なのに汗もかかず、した
がって気温に応じて体温も相当上がってる印象でした。要するに完全
に干物状態だったわけで・・・

まぁ受け答えもしっかりしていて血圧や脈拍も問題なかったので
その場で壁にハンガーを使って簡易の点滴台を作って輸液だけして
おきました。水分補給して汗でもかけばまたいくらか熱も下がるで
しょう。しかしアブナイところでした・・・

8月終わりになってもまだこんな暑さですから、全国でこんな人が
いっぱいいるのでしょうねぇ。高齢者はだいたいあまり水分をとる
のがうまくないですから、アメちゃんのようになっていて、なめて
いたらそれなりに水分が摂れるような固形水分みたいなもんって
できないもんですかね(^^;;

1998/12/2 Cさん、ピンチ!

いつも鉄工所の2階の屋根裏のような部屋に一人寝ている
Cばあさまですが、今日の午後、たまたま訪問看護ステーションの
看護婦が訪れてみると、相変わらず布団に
寝ずにカーペットの上に
寝ていたそうです。腰が痛いから
なかなか布団から落ちてしまって
も上がろうとしないのですが、
相当寒そうなので看護婦が苦労して
布団の上にあげ、そして
「ついでに」オムツも交換してみたところ、
左の腸骨稜に
大きな褥瘡が・・・

その看護婦からの連絡で、あわてて臨時往診に行きました。
周辺の小さな褥瘡は皮膚のビラン程度で、イソジン消毒して
おくだけでよさそうでしたが、腸骨稜のそれは10cm×5cmほど
に広がり、しかもその表面は黒く変色して、ほとんど壊死し
た組織で覆われているものと思われたので、切除処理が必要
と考えたのですが、鋏もメスもないので、やむを得ずピンク
色の一番太い注射針を利用して壊死部を苦労して切り取りま
した。

あとを消毒し、ソフラチュール(抗生剤の付いた被覆剤です)
を貼付しておきました。しかし本人に聞いてみると、痛いの
で動けず、朝から何も食べていないとの由。これでは治る褥瘡
も治りません。こうなると入院適応です。

ただ、こう言う患者さんを面倒見れる病棟、部屋がうちの病
院に確保できるかどうかが不明でしたので、明朝一番で私が
直接病院で確認することにしました(明日は外来なので何とか
なりそうなんです)。うちも病棟ガラガラってわけではない
ので明日の朝は一苦労しそうです・・・私の病棟に一つ空き
があると一番簡単なんですけどね。

Cさん、いつものようにピンチ切り抜けてよね

1998/12/10 Cさん、快方に向かう

先日、往診先でピンク針で褥瘡を切り開いたあと入院に
もっていったCさんですが、入院5日目の昨日、私の病棟に転棟に
なって来ました。もちろん主治医は私です。

救急病棟の主治医のカルテ記載では、熱発もあり、食事も
なかなか、と書いてあったので、あまり元気ないんかなぁと
思っていたのですが、実際診察してみると、この数日間
栄養補給の目的で中心静脈栄養をされていた甲斐あって
家に居たときとは比べ物にならぬほど元気になっていました。
比較の対象がなかったので救急病棟の主治医があのように
判断したのでしょう。

まぁ実際、褥瘡があるのが判っていても食事を本人の採るに
任せ、あの部屋で寝かされていたことを思えば、今の環境は
天国に等しいでしょうね。本人も私の顔を見るなり、

「おお、先生、ようやく会えたの」

と自分から話し掛けて来るあたり、もう立派なものです。
転棟直後、入院後から止められていた食事を再開しましたが、
ちゃんとムセもせず食べられます。この分ならすぐに静脈カ
テーテルは抜去できるでしょう。

ただ、左の腸骨稜の褥瘡を今日観察したのですが、早くに
デブリ(壊死部を切除すること)したので結構色はよくな
っていたものの、皮下脂肪や組織がないので完全にポケッ
トができてしまい、腸骨稜に付着する大殿筋の筋腱が剥き
だしになっていました。この分では相当栄養状態が改善し
ないと退院は無理でしょう。総蛋白が5もないようではね。

しかし、ま、とりあえず奇跡の人は今回も無事ピンチを乗
りこえかかっているようです・・・


1999/01/28  Cさん、またまたピンチ

何度調子が悪くなっても不死鳥のように蘇るあのCさんが、
またもやピンチに陥りました。先日からちょこちょこ熱を出して
いて、レ線を見てみると右の上肺野に肺炎があります。これを確認
していたので一昨日より抗生剤を使う一方で、血糖が著明に上昇
していたので昨日よりインスリンを打つ指示を出していたのです
が・・・

今日病院へ行ってみると、ちゃんと食べていたと思ったのは一昨
日までで、昨日は一日食事が進まなかった模様で、今朝の早朝に
低血糖を起こしていました。その後意識レベルがダウンして、午後
からついに家族を呼ぶ羽目になってしまったのです。単なる遷延
性低血糖ではなく、脱水もからんだもののようでしたが、普段から
低酸素になれているので酸素投与しすぎると呼吸をさぼって(^^;)
無呼吸になったりするのでよけいにややこしい状態になったみた
いでした。

生命力が強いとは言え、やはり92歳のご高齢ですから、なにが急変
のきっかけになるか知れたものではありません。家人にもその旨を
伝えてしばらくは要注意と話しましたが、夕方一生懸命鼠径静脈か
ら中心静脈カテーテルを入れたあとあたりから少し意識が戻って
きました。まだまだ予断は許しませんが、さすがはちよのさん、と
いったところです。

さて、明日の朝、どうころんでいるでしょうか・・・

1999/02/04 鉄人Cさん、力尽く

あのCさんが先日低血糖を起こし、その後また意識の回復したことは
これまでにご報告したとおりでした。その後、熱もさがり、まず
まずの
状態で一進一退を繰り返していたのですが、今朝病室へ行っ
てみると、
昨日まで利尿剤でも使わないと確保できていなかった尿量
が妙に多い
のです。しかし、深夜の看護婦の報告では、夜中から半
身がぴくついて
いるとの由。


何だかいやな予感がしたので、その場で(すでに浮腫で静脈採血が
できなくなっていましたので)動脈血を採血し、至急検査に回してもら
って私自身は外来へ入りました。まぁ何か変なデータでもあれば連絡
があるだろうとおもっていたのですが特に連絡もないので安心してい
たのです。ところが午後になって病棟に上がってみると、検査データ
がデータ入れの箱の中に置いてあったのですけど、見てびっくり。
なんと血糖が1024もある(+_+)。

ちょうど肝不全の患者が吐血していたこともあって、どうもあまりデー
タに注目していた看護婦が居なかったようです。検査室も普通ならア
ラート(警告)を発するのですがそれもなかった模様で、慌てて再検
すると1220(*_*)。しかしばあさま、相変わらず閉眼はしたままですが
揺り動かすとうんうんうなって判らない言葉でも文句を言っています。
普通なら血糖が1000越えていたら昏睡でもおかしくないのですから
やはりCさん、鉄人と言う他はありません。

それから大騒ぎで輸液路を確保しなおしたり、インスリンの持続注射
を始めたりと対処しましたが、状態は大きくは変わらず、バイタルサイ
ンもさほど悪くはありませんでした。夕方、夜の採血の指示を出して
そのまま家に帰っていたのですが、なんか気になって食事中もずっと
携帯電話を手元に置いていました。

そして20時過ぎ、ちょうど夜の採血の指示をした時間になって携帯が
鳴りました。彼女の心停止を告げる看護婦からの電話でした。心電図
モニターで軽い不整脈が出たなと思っていたら、急に心電図が平坦化
したようです。すぐに当直医が呼ばれ、心肺蘇生を行うもまったく効果
がなかったとの由でした。まだ時間が早かったこともあるし、第一彼女
と長年尽きあって来た私以外に、やはりうちの病院では見送って上げ
る人間はいないだろうと考えてすぐに病院へ来て、ついさっき家族も
到着し説明を終えたところでした。

家人はすでに葬式の費用のことばかりを心配していましたが、寂しい
気もするけれど彼女の置かれていた状況を思えばそれも当たり前か
なぁという気がします。それだけに、最後の見送りはやはり当直医に
任せず、自分でするつもりで来てよかったと思っています。この間の
苦しい闘病の割には、最期がむしろ一瞬だったせいか安らかなお顔
でした。それが唯一の救いですね。

これでもうじめった布団に寝ることもない、かびの生えた昨日の食べ
物に手を出すこともないのです。Cさん、7年前に先に逝かれたご主人と
今再会されて、むしろ喜んでいるのかも知れません。

鉄人、Cさん、今こそお幸せに・・・

合掌