阪急宝塚線廃線跡を歩く

私は自他ともに認める「PC廃人」ではありますが、一方で子供の頃からの筋
金入りの(^^)鉄道マニアでもあります。鉄道関連の雑誌も結構買いますし、文
庫の単行本でよく駅だとか鉄道の雑学だとか言うのが出てますがああいうのも
良くゲットします。そんな中でも宮脇俊三氏のエッセイなんかも良く読むので
すが、そのひとジャンルに「廃線跡を歩く」てのがあります。国鉄からJRに
移行した最に廃止された数々の赤字路線の線路の撤去跡などを歩く紀行で、彼
のように仕事でそういった旅行ができるのを羨ましく思いながらそのエッセイ
を読んでいるわけです。

前置きが長くなりましたが、ここしばらく実はそういう観点で目をつけていた
ポイントがあります。この間ローカルネタではありますが、阪急宝塚線の豊中
高架化+三国駅の移転についての進捗を追って来ました。その三国駅から十三
駅までの間に、かつてやはり平面を走っていた頃の名残りではないかと思われ
る架線が高架下に見えるのですが、電車の中からは良く確認できないのです。
それで、今日(2000/2/27)は、午前の診療所の日曜健診が終わった後にそこを歩
いてみることにしました。

まずは、もう近々その役目を終えようとしている現行三国駅(上り線)に降り
立ち、ホームから強烈な急カーブを為している駅全体をデジカメに収めました。
(このページの写真はすべてクリックすると大きなサイズで見ることができます)

ホーム最北端から北側(豊中方面)を望む。左側下り線廃線で架線は撤去されている。


逆に大阪方面を望む。右側下り線はすでに廃線

新三国駅もすべて架線も張り終ってますから、全国的にも珍しいこの駅の状態
を残しておくのは今しかないと思っていたのです。新しくなったらスピードア
ップ図れるでしょうけど、なんとなく風情がなくなりますね。



そして三国駅の改札をでて、線路沿いに約600mばかり歩いたところが問題の
「廃線跡」です。そこは国道176号線から新大阪センイシティに向かう広い道
との立体交差のために、十三駅から三国駅近くまで以前に作られた高架線の直
下に当たります。工場や墓地などが線路沿いにあって近づきにくいのですが、
一ヶ所いい場所があり真横まで入っていってみました。当初の予想では線路は
すべて撤去してあって外側の架線のみ遺残しているのかと思っていたのですが、

撮影ポイントから ↑大阪側 ↓三国側 を望む


実は高架の真下にももう一本架線が残っていて、しかもそこには線路や信号、
踏切まで残っていたのです。面白かったのはまったく役に立っていないはずの
その踏切が、高架上の電車が来るのに合わせてちゃんと開閉していること。ま
だ配線は残っているのでしょうね。



ここの高架下は他の事には使用されていない空間で、使用される予定もないの
で多分撤去する予算がもったいなかったのでしょうが、そのおかげで遠くまで
旅行することもなく「廃線跡紀行」の気分を味わえたひとときでした。