Requiem 特別編

涙こらえてマシン改造(1999/11/3)

今日は診療所のマシン改造のお話ですが、PCのことだけではありません・・・

今日の休日は、もともと先週までに行っていたM響社の企業健診のレ線、心電
図読影の日として設定してあったので、ついでに先日購入しておいたVA503+を
診療所のマシンに組み込む計画を立てておりました。ただ、私には一抹の不安
がありました。入院中のある人の状態が悪く、訃報が届く可能性があったので
す。

それでも、今朝まで連絡がなかったため、予定通り診療所へでかけ、午前中に
レ線、心電図の読影と、たまった意見書、レセプト点検などを順調にすませて
いました。そこへ婦長から電話が。「理事長、行ってませんか?」私にはその
言葉でほぼ事情が理解できました。「Tさん、亡くなったんだそうです・・・」
という次の言葉を聞くまでもありませんでした。

T氏はうちの診療所の理事さんで、その昔私が当直の際に奥様がクモ膜下出血
を起こされて病院へ来られて以来のおつきあいになっていました。しかし、彼
自身がB型慢性肝炎に加えて、3年前多発性骨髄腫と言う難病に冒され、それ
による頚椎破壊という苛酷な状態におかれながら、自らの疾病を完全理解した
上で敢然と病魔に立ち向かって手術も受け、そして社会復帰してこの3年間を
過ごして来られていたのです。

まだ疾病の話をし始めたばかりで精神的に不安定な頃、古い古いPC9801を持っ
ていた彼に私はパソコン通信を勧めました。そして彼が新しい98を購入し、
彼とメールのやりとりをしたり、彼自身オフ会に参加したりしてどんどん気分
が改善して行ってくれました。それがこの3年間の頑張りに繋がったのだと信
じています。しかし、この9月に肺炎で一時入院、退院後何を思ったのか慌て
て会社に復帰しようとするも体力が落ちていてかなわず、しかも10月の中旬、
痛みが激しくてどうしようもないという、奥様からの代筆メールをいただくに
及んで、私は再度私が外来日直をしている日に救急車で来てもらうことにしま
した。しかし、来られた彼を見てびっくり。すでに黄疸が著明にあり、完全な
肝不全状態でした。

骨髄腫の化学療法剤が悪かったのではと彼の以前の主治医である消化器内科の
副部長がコメントをくれましたが、入院してすぐ血漿交換が必要な劇症肝炎と
なり、そして一昨日からは深昏睡状態に陥っていたのです。私も毎日顔を見に
行っていましたが、ちょうど昨夜私が病院をあとにした7時頃に臨終を迎えら
れたようでした。本人の強い意志で延命処置はまったく行わず。静かに迎えた
最期だったみたいです。それが一番の救いに思えました。

今夜がお通夜だとのことでしたが、私は毎日部屋に行っていましたし、古い98
から新しいのに買い替えた時に、本当は先生みたいに自作したいんやけどなー
とずっと言っていた彼のことを思いながら診療所のマシンをいじるのもまた供
養ではないかと思って、時折込み上げて来る涙をこらえながらマシン改造を行
いました。マシン改造はあっけないほどなんのトラブルもなく、あっと言うま
に完成してしまいました。きっと彼が陰で手を貸してくれたに違いありません。

「どっくさん、自作って、いいねぇ。思いっきりやりたかったなー」

そう言う声が聞こえた気がしました。

Tさん、さようなら。安らかに。