コミックでない書評(2)

<その5;「やっと名医をつかまえた」下田治美著>

久しぶりに旭屋書店へ寄ってみて医療関係のあたりを眺めてみたら、「医療過
誤はこうして起こる」「病院で殺されないために」「良い医者、悪い医者」
ど、何と言うか、いかに今の一般の方々が医療界を、そして医師を信頼されて
いないかを彷彿とさせるような書物が溢れているのに驚きました。やはり医師
としてこういう立場の本も一冊読んでおかねばと思って手に取ったのが表題の
書ですが、帰宅して読み始めたらこれがまたおそらく患者さんに取っては手に
汗握るドキュメンタリー、そして我々に取っては冷汗がどっと吹きでてくると
いう、まさに衝撃の書という感じで、1時間ほどで一気に読んでしまいました。



著者下田治美氏は一昨年公開され話題となった映画『愛を乞う人』の原作者で、
女性の自立や子供のいじめ問題に関する著作も多いエッセイストです。これを
読んでからインターネットで検索して知ったのですが、この書を書かれて後こ
の話題で「徹子の部屋」にもご出演なさってたみたいですね。

事の始まりは彼女が異様な頭痛を自覚したこと。最初は二日酔いかと思ってい
たその痛みが朝まで改善しないので、意を決して行った救急病院でとんでもな
い当直医にひどい目に遭わされ、さらにそこで翌朝脳梗塞と指摘された彼女は、
その診断に不信を抱いて別の病院へ行くわけですが、そこで逆に梗塞はないが
未破裂脳動脈瘤だと指摘を受けるのです。この動脈瘤を手術するという話にな
るわけですが、名医だと紹介されて訪れた医師は、実は自らの保身だけを考え、
患者に平気で当たり散らす迷医でした。手術の二日前にその医師の元を逃げ出
した彼女は自らのネットワークで本当の名医に巡りあい、そして無事生還した
と言うわけです。


(この書の「腰巻き」です)

実は私の叔母(母の妹)が昨年同じ疾患で手術を受けました。その際に、主治
医の言うことに一喜一憂し、親戚の医者(私ではない)の言うことに振り回さ
れ、最後には私がかなり深く説明もし説得もしてようやく自分の選んだ外科医
の元で無事手術も成功したという経過があったので、この書を読んでいる間ず
っとその事が思いだされていました。しかし、実際にこの著者の受けた「仕打
ち」はもっとひどいものであったようで、しかし「病院に入っては医師や看護
婦には言いたいことも言えない」患者さんの心理を、軽妙な文章で実に鮮やか
に描きだされています。そして最後に病院を逃げ出した時初めて(しかし決し
て面とは向かわず文章の上だけですが)その主治医に「あなたが診療している
限り、患者は身も心もボロボロになる。早く廃業してください」と言い放つの
です。ここまで言わせた主治医の態度は推して知るべしでしょう。

この書の巻末には付録として二人の医師が「患者の権利」についての対談をさ
れ、そして対談者の片方の医師の診療所に掲げてある「受診・入院される患者
さんの権利について」という文章を紹介されています。民医連綱領を見てもい
つも思うのですが、やはりこう言った当たり前と思われる事でも改めてはっき
り提示してこそ値打ちがあるというものです。

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いずれにしてもこの書は私たちに大いなる警告と反省を与えてくれます。こん
な書が実は昨年4月に出されていて今まで知らなかったと言うことは非常に不
徳の致すところでお恥ずかしい限りですが、今後もこのような書があればどん
どん読んでまたご紹介していきたいと思います・・・

「やっと名医をつかまえた−脳外科手術までの七十七日」下田治美著
 新潮社 ISBN4-10-429601-5 C0095 \1300E 定価:本体1300円(税別)



<その6;「患者白書」COML編>


「ささえあい人権センターCOML」の編集による上記書物は、前半が臨床担
当者とCOMLのメンバーの座談会、後半が実際にCOMLに持ち込まれた数
々の電話相談の内容をCOMLの対応ともども紹介されたものです。もちろん
全面的に患者さんの立場から書かれたものですから医療従事者にとっては非常
に「耳の痛い」内容の多い書物です。


この書物全体を読み終わっての正直な感想は、患者さんの気持ちと医療側の気
持ちには永遠に埋まる事のないギャップがあるのだなぁと言う事でした。もち
ろん後半の事例の中には、今すぐ訴訟になってもおかしくないようなものもあ
り、そう言ったものに関しては医療側であろうが患者側であろうが誰が見ても
同じ対応が考えられるわけです。例を挙げれば、点滴の針で上腕の神経を傷つ
けられてしまい、後遺症を残したが病院の方が誠意ある対応をしてくれない、
とか、腸間膜動脈血栓症による腹痛を食あたりと診断され(ここまではよくあ
ること)加療しても痛みが治まらないのにそのまま何もされずに放置され結局
手遅れになり亡くなられた症例、などがあります。

ところがそんな中に、こんな事例も混じっています。糖尿病の食事などの療養
を目的として入院し、かなりの成果を挙げて退院する事になったが、退院前に
「退院後の生活指導をします」と「娘のような年齢の看護婦」に言われ、上か
ら見下ろすような態度で接された事に大きな憤りを感じた、とか、あるいはな
かなか婦人科での治療が実らないので心療内科への紹介状を書いてもらった
が、その紹介状を開封してしまって中を見たら精神的な問題の原因が家族にあ
ると書かれていて、プライバシーを侵害されたように気持ちになった、とかそ
んな事例です。

こちらの方は、たとえば糖尿病の方の場合、看護婦は教育入院で来られている
以上「学ぶ」「教えてもらう」と言う気持ちで来ているだろうと「思いこみ」、
一方患者さん側は糖尿の療養は自分でするものだからさんざん「自分で」努力
しているのに何を指導されるんだ、と言う気持ち、そこに極めて大きなギャッ
プがあるわけです。また婦人科の患者さんの場合は、医療側にも言い分はある
でしょう。心療内科に紹介する際に紹介医から見た心理的圧迫の原因の考察は
書いて当然で、むしろそれを開けるのは親書の開封だ、と。でも多分患者さん
と医師の間でその紹介状の内容についての理解の共有があればそんな事態には
ならなかったと思われるし、そこにもやはり大きな断絶を感じます。

いったいいつからこんなにギャップができて来てしまったのだろうと思うので
すけど、医師患者関係に関する考え方が、医師の側も患者さん側も旧態依然の
ままであるにも関わらずいろんな情報だけが氾濫していると言う現状が一因な
のではないかと強く感じます。その対策としてCOMLが提唱おられるのは、
「賢い患者になりましょう」という合言葉です。それは「権利と責務を引受け
た上で向き合った医療者ときちんと「やりとり」のできる患者」という意味だ
とCOML代表の辻本氏は書いておられます。そして医療側としてそれに応え
るためには、その「やりとり」を真正面に受け止め、返す事ができるように自
らを訓練する事が必要になると感じています。

その訓練のためにはこういった書は非常に参考になります。患者さんの側の立
場で患者さん向けに書かれた書物ではありますが、医師の側(とくに若手の研
修医)もぜひ目を通すべきだと強く感じた次第です。

「患者白書」〜よりよい患者・医療者関係をめざして 日本評論社刊
 編著者;ささえあい人権センター「COML」
ISBN4-535-58247-5 C3036 \1500E


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