診療こぼれ話(病院編その3)

<第1話>リハビリ病棟大運動会(98/10/9)

本日は恒例の、病棟秋の大運動会を病院の屋上で行い
ました。大運動会と言っても、家人や看護婦、看護助手
皆人出総出で車いすに座れる患者さんたちを一人一人
屋上へ連れて行って、屋上でボールや遊びを利用した
リハビリをしようと言う魂胆なのです。

今日は朝は結構涼しかったのですけど、午後になって
外では風はあるものの真夏を思わせる陽射し(^^;)で
白衣を着ていては汗が吹き出して来るほどでした。私も
スタッフの一人で手伝っていたので、白衣の上着を脱ぎ
捨てて、血管造影用の術衣を着ただけで走り回っていま
した。

普段は病棟やリハビリ室で、身体は動かすものの、あまり
陽には当たらない患者さんたちですが、ちょうど今日は
非常にいい天気でしたので日光に当たる事もでき、しかも
身体も動かし、声も出しで、かなり楽しめたようです。

全部終わって詰所に帰って来て一息ついていたら、Kさん
が帰って来たのですが、涙目です。屋上から帰って来る
途中で感動で泣き出してしまったと、ついていた助手さんも
貰い泣きしていました(+_+)

今夜は皆さんよく寝てくれる事でしょう・・・


<第2話>眠れるおばば(98/10/15)

先日からうちの病棟に転棟して来て、私が担当しているAさん
は、もともと私の外来で高血圧でフォローしていたのですが
徐々に日常生活動作が低下して来て、最近は病院付属の診療所
からの往診管理になっていたのです。しかし、最近いよいよ食
べなくなったとの由で入院していました。

入院させてじっくり観察してみると、たしかに活気がない、と
いうより、ほとんど一日寝ていて、昨日私がたまたま一日中
診療所だった際に、意識レベル低下だと騒がれてCTなども
撮られてしまってました(^^;)

結果的にCTは何も異常なく、また今朝私が診た段階では、
前胸部を刺激すればその痛み刺激で開眼し発語さえあるのです。
これでは昏睡とはとても言えないけれど、でも、刺激しなければ
いつまでも寝ているのです。まさに「眠れる森のおばば」状態(^^;)

今日回診をして、一応かなりの低Na血症があるので、長年の低
栄養状態から来たものと判断し、脳卒中である可能性も考慮して、
高カロリー輸液と抗血栓療法を併用することになりましたが、
果たしてどうなることやら。

白馬に乗った王子様は現れるのでしょうか・・・

<第3話>宅急便のお土産(98/10/25)
(これは阿蘇出張から帰って来た翌日のお話です)

昨日は夜遅くまでかかって家まで帰るだけだったので
帰路途上で病院へ寄って行うはずだった仕事をしに今日は
病院へ行って来たのですが、荷物が重いからと、阿蘇へ
到着してすぐに宅急便で送っていたお土産(長崎カステイラ
でおます(^^))が昨日のうちに到着していました。

ちゃんと送り主の名前も明記したし、私がどこへ出張に行っ
てるかも判ってるはずだから、このお土産は詰所では当然
のごとく有り難がられ、今日行ってみたらすでに二つ送った
うちの一つはなくなっていました(^^;)はえーの。

ところが、医局はどうやったかいなと思って、ソファーの
所を見てみるのですが、影も形もありません。ん、もう全部
食っちまったのかなとびっくりしたのですが、良く見ると
私の隣の、今他病院へ研修にでかけている医師のデスクの上
に、包装されたまま置いてあるではないですか。

「あれ、せっかく送ったのに、みんな開けなかったの?」
「いやー、名前はそうだけど、毒入りだとコワイから、先生
が帰って来られてから確認して食おうかと言ってたんです

と、研修医が言い訳してました(^^;)。ったく、そんなわけ
ねえじゃないかといいたいところだったですけど、和歌山に
限らず、全国そこかしこで毒入りなんちゃらが流行っている
昨今ですから、医局の感覚の方が安全なのでしょうねぇ。

むしろ詰所の方が今時無防備だと怒られなあかんのでしょう
かねぇ・・・なんちゅう時代やねん・・・

<第4話>風邪は万国共通語(98/10/30)

今日は内科部長が出張した関係で、午後1時から3時という
結構中途半端な時間帯の救急外来当番にあたってしまった
のですが、どういう巡りあわせか2時半過ぎまで誰も来ず
おお、ラッキーと内心喜んでおりました(^^;)

ところが、最後になって外来からコールがあって

「先生、風邪みたいなんですけど・・・」

と、なんか、はっきりしません(+_+)なんじゃいなと思って
降りてみると、そこには横文字の名前の書いたカルテが
置いてありました(^^;)なに考えてるのか、看護婦はよりついて
来ません。でも、職業をみたら「英語教師」だったので、
まぁこれは大丈夫だろうと診察開始しました。

「熱が水曜日から出てるんです」と彼、しかし、英語教師も
日本語は苦手と見えて英和辞書(外国人向けの奴です)片手です。
いっぽうこちらも
「下痢はありますか?」「ゲリ??わからないです」
「あーディアレアね」「Oh! Diarrhea! No,No」「OK,OK」
なんて感じで、双方ともに片言の英語、片言の日本語を駆使して
診察を終えました。でも、風邪の症状は万国共通、結局普通の
消炎鎮痛剤と胃薬、抗生剤を出して上げました。もっとも薬の
説明でまた一苦労しましたけどね(^^;;;

聞くところでは、彼の職場は有名なE○○英語学院でしたが、
何故か健康保険もなく、また診断書がないと休めないというので
5日間ほど休めるように診断書も発行しました。自費診療だった
から結構かかったろうね。

最後には結構感謝してもらえましたけど、「よかったらどーぞ」
なんてE○○英語学院の名刺をくれました。よほど私の発音が
悪かったと見えるね(^^;;;

まぁこう言う事があるから外来は面白い・・・

<第5話> オーストラリアのお土産だって(98/11/5)

私が病院で担当している外来は、2単位の高血圧専門外来の他に
ヒトコマ一般診の担当があります。ここは基本は高血圧の患者さん
ではありますが、脳卒中後遺症であるとか、高齢の糖尿病だとか
その他の患者さんも多く来られます。要するに、専門に係わりなく
外来の中で「私をえらんでいただいた」患者さんが来られるわけ
ですね。ぶっちゃけて言えば(^^;)私のファンですな。

そのひとり、85歳のT子さん、2週間前に来られたときに、今度
海外旅行するから下痢止めとか風邪薬頂戴と無心して帰られたの
ですが、今日は無事な顔を見せていただいて、

「オーストラリアに行って来た!」

と、嬉しそうに報告されるのです。クスリ無理言ったわねと言い
ながら、

「先生の名札の下にでも飾ってちょうだいね」

と、ちょっとした袋をおいて帰りました。基本的に患者さんからの
もらい物はしない決まりですが、こういうお土産は私はある程度
いただくことにしています。そんな高価なものであるはずもなく、
なけなしの小遣いの中から気持ちで買って来られるものなので、
そのお気持ちいただくことにしているのですが、この袋も決して
たいそうなものではなさそうでした。

外来が終了したあとで、介助についていた看護婦と、なんだろね
なんて言いながら開けてみると、小さなオレンジマーマレードと
ストロベリージャムのビンが3本、そこにオマケのようにちいさな
コアラの人形が入ってました(^^;;)。どうも外来の時の彼女の
言葉から考えたら、この人形を私に買って来たかったようです。

なんかほのぼのしてしまって(^^)コアラはちゃんと名札の下に
ぶらさげて、ジャムは看護婦と山分けしました。これからしばらく
は病棟なんかでコアラを冷やかされることでしょうね(^^;;;

<第6話> 17歳の吐血(1999/5/4)

今日は今連休中では唯一の、きちんとした外来日直の日でした(今日
以外の日の仕事は皆ボランティア(;_;))。折りしも朝から大雨大風
でしたから、まぁ今日なんかはほとんど患者さんが来られないのでは
ないかとタカをくくっていたのですが・・・

蓋を開けてみれば、午前中は次から次へと入院させなければならない
患者さんがでてきて、しかもベッドはほとんどないしで、入院手続き
とベッドコントロールとで病棟担当の医師に連絡する間もないくらい
でした。まぁいったん落ち着いたあとは、例によってゆっくりとした
時間を過ごせましたけど、その時はすでに15時でした(+_+)。

さて、今日入院させて患者さんたちのうち、一番最初のK君は17歳。
吐血ということで当直医から申し送りを受けていたのですが、詳細は
もっとややこしいものでした。申し送りでは17歳のクセして昨夜から
ビールを5本、そのあと焼酎のいいちこを割らずにがぶ飲みしたとい
うことで、酔っ払って前後不覚になったあげくひどく嘔吐して、最後
に吐血したということでした。話から聞く限りは、嘔吐の刺激で食道
の下部が裂ける「マロリー・ワイス症候群」ではないかと思ったので
すが、入院を説得する(本人は血吐いてるクセに帰る帰るとしつこか
ったのです(^^;;))ために彼の両親を呼んで話を聞いてみたら、ただ
のツッパリ君でもなかったようで・・・

彼は17歳ですが、すでに家から独立し、彼女と同棲しながらフリータ
ーとして今はとある居酒屋でバイトしているとの由。両親はすでにそ
の生活をある程度認知していて、週一回程度は実家に呼んでビールな
ど汲み交わすのだそうですが、最近はかなり厳しい生活をしていてス
トレスも溜まっていたようで、時々胃部の痛みも訴えていたというこ
とでした。必ずしも普段の飲酒量は特に多くなかったということで、
昨夜の大量飲酒も日頃のうっ憤晴らしの気持ちも相当あっただろうし、
今回の吐血も胃潰瘍などの可能性も考えるべきでしょうね。この方は
連休明けに胃カメラの予定です。

右手の薬指には入れ墨しているし(^^;;)、茶髪だしでツッパリ君には
違いないですし、そういうわけでもなんでもこの歳で大量飲酒してい
いわけはないのですけど、やはり確認すべき疾患の社会背景てのはど
んな場合にもあるもんですね。入院してからも仕事仕事とうるさかっ
たですけど、こういうときくらい親らしくさせてくれと言っていた彼
の父親の気持ちが通じたのか、夕方見に行った時には静かに眠ってい
ました。寝顔はやはりちょっと幼さの残る17歳でした・・・

<第7話>究極の夫婦、かな?(1999/11/19)

うちの病棟の詰所の隣の部屋は、ICUとは言えませんが、若干内科的に重症
だったり、痴呆がひどくちょっと目を離せない人なんかが入院されています。
その中に、夫婦で入院されているSご夫妻がおられます。もともと脳卒中後遺
症があるが痴呆のない夫と、さほど日常生活動作の低下はないが痴呆が目立っ
て来た妻の二人暮らしだったのですが、今回夫が肺炎になり、妻も一人にして
おけないということで夫婦で入院になったものです。

この奥さんなのですが、昼間はとてもかいがいしく夫のベッドの掃除をしたり
下着を片付けたりと「いい妻」なのですが、夕方から夜にかけて、脳血管性痴
呆の一つの特徴である夜間せん妄が出て来て妄想・幻覚が起こり、夫に急に狂
暴に当たり始めます。スプーンで叩く、指でつねる、ひっかくなどの攻撃をす
るのです。そして何故か夫はその行動に何も言わずじっと堪えているのです。
看護婦が見るに見かねて制止して、しばらくすると彼女はまた落ち着いて元に
戻り、眠りにつくのです。妻に対してはいろんな薬剤も試しているのですが、
著明に効果は見られないようです。こうなってはもう妻を夫から離すしかなさ
そうなのですが、彼が果たしてどう言うかなとちょっと気になりました。

今日たまたま夫の方が放射線科で二つほど検査が続きました。結構体力も要る
検査だったので私が横についてやったのですが、その時のインターバルの間に
彼に話し掛けてみました。

「おっちゃん、昨日もやられてんて?」
「そうや、大きな声出してな、どつきよんねや」
「痛かったんとちがう?」
「そら痛かったワー」

そこで、ここが聞き時だと思って

「なぁおっちゃん、おばぁはんが横におったらいつもこんなんされるやろ?」
「そうやなぁ・・・」
「もうおばぁはん家に帰ってもらおか?息子さん看るて言うてくれてはるよ」

ところが、ここまで言ってみたら、彼はじっと黙ったかと思うと、しばらくし
てポツリ。

「いんや、寂しいなるからおってほしいんや」
「なんで?いたらまた叩かれるで?」
「叩くんや、あいつは。でも、おらんかったら寂しいんや・・・

なんだかこの彼の気持ちの吐露を耳にして、ちょっと感動に近い感慨を受けま
したね。おそらく彼はこれだけの愛情をもってこの何年間か徐々に違う世界に
入って行こうとする妻を見守って来たのでしょう。だから自分が入院した今で
も、仮に攻撃され傷つけられても彼女が横にいることこそが彼の生きがいなの
かも知れません。

なんだか究極の夫婦を見たような気がしました・・・


<第8話>切りたくはなかったけど・・・(1999/12/17)

診療所の往診患者さんで現在入院中のNさん。かつて同じ病棟で働きいろいろ
教えていただいた神経内科の女性医師が現在愛媛におられるのですが、その彼
女からよろしくと依頼されて、約1年ほど前から診させていただいていました。
パーキンソン病ですが糖尿病が悪く、しかし在宅でインスリンを使う事に家人
が消極的で、ずっと経口血糖降下剤で様子を見ていたのですが、3ヵ月ほど前
に右足にできた小さな褥瘡が糖尿病による末梢循環不全と末梢神経障害の影響
で壊疽に進展してしまったのです。

今回の入院でインスリン使用についてはようやく承諾されたものの、家人はや
はり足の切断にも消極的でした。しかし傷は壊疽として足指にとどまらず、筋
腱にそってかかとの方まで上がって来ており、包交をお願いしていた外科の方
からもついに切断のほうがよいという意見がでたので整形外科部長に相談し、
結局下腿の切断という方針となってしまいました。「たら、れば」は結果論と
して謹むべきだとは思うのですが、糖尿病の治療としてもう少し早くインスリ
ン導入ができておれば壊疽にまでならなかったのではないかという思いにさい
なまれています。

確かに自宅でのインスリン導入は大事業ですし、家人の苦労も低血糖への不安
も判りますが、こういった事態を予測してもっと真摯に導入を勧めておれば、
家人も納得されたのではないか、と思うと辛いものがあります。また、その方
針だったせいもあって前回ちょっとした熱発で入院された時に(別の病棟だっ
たのですが)あまりいろいろやって貰えず、それで私の病院にいい印象がなか
ったということで当初当院への入院を拒否され、市民病院へこだわっておられ
たため入院が遅れて壊疽を広がらせてしまったということもあります。結局は
すべてがインスリン導入のタイミングに関係しているわけで、今回の結果が私
にはとても重く感じるのです。

手術は年越しにかからないよう来週の火曜日と決まりました。せめてあまり苦
痛でなく速やかに済んでほしい。そして術後もつつがなく経過してほしいと思
うばかりです。


<第9話>オオカミ少年ならぬ・・・(2000/2/1)

うちの診療所のデイケアに来ていたSばあさまは、高血圧があってデイケ
アでもちょくちょく「胸が苦しい」と言っては下におりてきて処置室で寝てい
ることが多い人でした。測定してみると血圧は高いので降圧剤は3種類ばかり
投与してあるのですが、なかなかコントロールが旨く行かない。でも、確かに
喉元での喘鳴は聞こえるものの、下のベッドで横になったらあっさりよくなる
のです。

つい先日は自宅でひどい呼吸困難を訴え、一歩も歩けないと言ってると家人か
らの電話があり、市民病院への紹介状を書いて救急車で行ってもらったのです
が、翌日にはけろりと治ってしまったということで、あっと言うまに退院させ
られて来たのです。紹介状の返事にも、別にどう言うことはないですよという
ことしか書いてないので、それ以来ちょっと「オオカミばあさん」風になって
しまって、スタッフも私もあまり彼女の症状をまともに取り合わなくなってい
ました。しかし、自宅ではやはり家人が多いに困っておられたのです。

先週土曜日、診療所の看護婦から電話がありました。再度家人から入院の希望
が出され、市民病院の扱いはもう嫌だから、少々遠くても西淀病院でお願いし
たいと言って来られているというものでした。やはり自宅では、少し動くとす
ぐに呼吸がしんどくなり、ゼイゼイ言っているということで、しかも右の手足
の動きもおかしいと。普段から血圧が高いので、これは脳出血でも起こしたか
なと思い、さっそく来ていただいたのですが、午後から私の病棟へ入院した彼
女を診に行ってみたら、麻痺の方はさほどではありませんが、看護婦が「ちょ
っと動くとひどい喘鳴なんですよ」と報告してくれたのです。しかも、ベッド
に横たわり酸素を吸えば速やかにそれが収まっていると言います。

レ線ではあまりその様な所見ではないのですが、これは喘息と言うよりやはり
心不全的な症状なのです。酸素を吸うと酸素の効果で気管支が開くので、それ
で速やかに喘鳴が消失するものと思われました。しかもやはり血圧が高いので
す。その血圧が簡単な動作で容易に上がり下がりすることも判りました。ここ
から考察すると、やはり彼女の症状は演技やヒステリーではなかったわけで、
高血圧性の心不全状態が、充分薬剤でコントロールされずに起こっていたので
あろうと思われました。

入院時に持続点滴をしていたのですが、何度も自己抜針してしまいなかなか落
ち着いて夜も眠れていないと言う実態も判りました。どうやら外見より相当痴
呆も進んでいたようで、これは家人も認識しておらず、彼女自身に薬剤管理を
任せていたのできちんと内服ができていなかったと言うことも今回入院で初め
て明らかになりました。市民病院ではあっさり一晩で退院させてしまったばか
りにこの辺がまったく理解されずに終わっていたようです。しかし今回ばかり
は、私たちにも市民病院を非難する資格はありませんね。その言いクチにのっ
て彼女の本当の症状を診て上げることができなかったのですから。

今回のエピソードはそう言う意味では我々自身深く反省しています。高齢者の
身体状況は極めて変わりやすく、あっと言うまに急変することが多いのですか
ら、ちょっとした情報でも大事にして診察することが重要なのだとあらためて
心に刻みました。

Sさん、なんとか良くなって帰ってね


<第10話>大変な誕生日(2000/3/23)

今日の病院の朝礼で、今朝未明にうちの病院法人が作っている老人保健施設の
入所患者さんが、一過性の意識障害で入院したと当直医から報告を受けました。
うちの病棟に入ったとは耳に残っていましたが、その後外来が終わるまで、そ
のことは頭から抜けていました。ところが昼休みがすんだところに病棟医長か
ら、

「今朝入ったおばあさん、脳梗塞みたいなんで先生担当お願いできますか?」

と言われ、そう言えばそんな人が入ってたっけと思いだしてさっそく診に上が
ってみることにしました。
ところが、病棟に到達して詰所に入ってみると、今日のリーダー看護婦が

「あーセンセイ、いいところに。あの人なんとかしてくださいーー」

とすがって来るのです(^^;;)。ナンノコッチャと思ったら、件の今朝入ったお
ばあさんがなんと個室の中で大声で

「出せーー、ここから出せー。家に帰してくれー」

と叫んでいるのでした。

部屋に行ってみると、ベッドから落ちると危ないからと言う理由で、小児科で
使うサークルベッドの檻の中にとじ込められていました。そのベッド柵をばん
ばん叩きながら、点滴の接続も外してしまってそれを振り回していました。か
なりの興奮状態で、こんな怖いところにはもう居たくない、早く帰してくれの
一点張りです。脳梗塞による意識障害で、せん妄状態になっているものと考え
たのですが、いずれにしてもこの状態では検査もまともにできないだけでなく、
治療にも支障をきたしそうです。

ところが、ベッドサイドに座ってちょっとおとなしく話し掛けてみたところ、
これがわりとしっかり返答があって、朝の一瞬おかしくなったことなどをきち
んと話してくれます。決して身の回りの状態が判らなくなっている(失見当識
といいますが)こともなく、ただ、意識をしばらく失って気がついたらまった
く環境の違う、しかも檻の中にいたものだからすっかり脅えてしまっていたよ
うです。要するにTIA(一過性脳虚血発作)のみと考えられたので、このま
ま彼女の希望の通りに元の老健施設へ連絡し、婦長に迎えに来てもらうことに
しました。

しばらくして家人も来られたので事情を説明し、ほどなく婦長が到着して、抗
血小板剤だけをおみやげに持たせて無事帰途につかれました。ここでようやく
病棟の看護婦、スタッフ一同皆でほっとしたわけですが、短期入院として入院
サマリーをさっさと書いておこうとカルテの表紙を見てみたら、なんとこの方
今日が88歳の誕生日だったのです!

まったく、彼女にとってはとても大変な誕生日になったわけですね。
今夜また興奮して眠れないのじゃないかなぁ・・・



<第10話>家人の力は大きいな(2000/4/28)

M氏は脳梗塞で右半身麻痺があります。見た目にはさほどの歳に見えないけれ
どもう80を超えている彼が倒れたのは昨年の11月でした。入院時にはさほどの
ひどい麻痺ではなかったのですが、入院後の治療にも関わらず症状が増悪し右
腕は完全麻痺になってしまいました。加えて血尿が出ると思った右の腎臓に大
きなサンゴ状結石が見つかり、本来脳梗塞の急性期に使わなくてはならない抗
凝固療法も満足にできなくて右半身の不具合はかなり悪い状態で固定してしま
ったのです。

この病状ではなかなか同居の妻が自宅で看れる状態にならず、従って入院も長
引き本人のイライラ感もつのっていました。しかし、妻も高齢であるためトイ
レに歩いて行けるようになるまでは帰って来て貰っては困るの一点張りで、し
かもそれを本人の前で言うようになったものだから、本人はいよいよ落ち込み、
夜は寝ずに看護婦に当たり散らし、そして昼間はその反動でうとうとしていよ
いよリハが進まないという悪循環にはまりこんでしまいました。

そこで昨日、同居されていない息子さん夫婦にも来てもらい、妻も交えて、現
病状では施設は困難でもし転院となれば療養型の病棟しかないし、そうなると
彼の精神的な問題はいよいよ増悪するだろう事を説明して、むしろかなりしん
どいかもしれないけど在宅を目指して家人が一つになってみたらどうでしょう
かと提案したところ、それに息子さんが結構動かされたようで・・・

その後から本人に対して
「頑張れば家に帰れるから」という言葉が妻や息子さ
んからかけられるようになった途端に、昨夜はぐっすり寝るし、今日の昼間も
温和な昔の顔に戻って大人しくと、いつもと全く違う態度に急変して看護婦た
ちが戸惑うくらいになってしまったのです。たった一日で!

我々医療人が何ヵ月もかかってもできない患者さんの心へのアプローチが、や
はり家族だと一瞬でできてしまうのだなぁと思い知らされた昨日今日でありま
した・・・