第1話「Yさん」の想い出

その1:1997/1/13:Yさん入院す

今年92歳になるYばぁさまは、月に一度、刀根山の
山の上から診療所まで降りて来ます。今日も1ヶ月ぶりに
来られたのですが、来るなり、

「元日から風邪引いてなァ、ずっと寝とった。
 咳ばっかり出よるんやけど、熱はないみたいじゃ」

もう少しきくと、右の胸がちょっと痛いとの由。でも、
自分で歩いて診療所まで来てるのです。結構ゲンキ(^^;
だけど確かに診察場に入って来たら息が上がっています。
指先で測定する動脈血酸素飽和度は95%とやや低めです。

でもってレ線撮って見てびっくり(*o*)。なんと右の下肺に
肺炎があって胸水まで溜まっております。

「おばぁはん、肺炎になっとるで」
「へーそうかいな」

状況は決してこんなに平和じゃないと思うのだけど、
ばぁさまはいたって落ち付いております。でも、Yさん
腎不全もあるので、これはやはり入院が必要です。あわてて
私の病院へ連絡してベッドを確保して、事務長に無理を
言って病院へ移動する私とともに車で送ってもらいました。

午後からつつがなく入院できたのですけど、あの分では
妙な経過でさえなければ10日位で退院できるでしょう。
いつも思うことですが、90歳越えた人は超人ですね。

その2:1997/2/6;92歳Yさん頑張る

先日肺炎で入院された92歳のYさんですが

>「おばぁはん、肺炎になっとるで」
>「へーそうかいな」

あの方ですね。肺炎はわりと早く好くなったのですが
腎不全がさほど悪くなってないのに元気がでないのです。
食事が取れず、先日からついに高カロリー輸液をする
羽目に・・・

昨日からようやくブレンダー食(嚥下しやすいように
ミキサーで作った食事です)が食べられるようになった
と思ったら、今度は下血が。便潜血反応は出ますが、人Hb
は出ないのでどうやら胃からの出血のようです。ばぁさま
点滴を嫌がってたからストレスかもしれませんねぇ。

輸血をしたいのですが、ばぁさま世にもまれなRh(-)A型
なんですよね。だから血液の準備に2日待たされました。
それでも、私が診察に行くと気丈に受け答えしてくれます

「わたしの病気はなんなの?」

と、聞いてくるので正確に答えてあげています。

「もぉ治らんのかな。」

というので

「人間国宝級のおばぁはん殺したら私が怒られるわい」

と答えてあげたらむせながら大笑いしてくれました。
あの分ならまだまだ大丈夫でしょう(^^)


その3:1997/2/20;Yさん頑張れ!

先日来報告していた「人間国宝級」のYさんですが
肺炎は治ったのに消化管出血から貧血が強度となり、
腎不全もあいまって全身状態が悪くなってきました。

今朝、呼吸状態も悪いと言うことで当直医が血液ガス分析
をされたところが血液の中の炭酸ガス分圧が増大し、いわゆる
ナルコーシス状態になっていました。

午前中私が外来しているあいだにも一度取ってもらったら
さらに増悪していたので、いよいよかと午後から家人に来て
もらいました。

先日から折りにふれ病状説明してきたので、おおよそ受け
いれていただきましたが、最後に人工呼吸の是非について
高齢の息子さんはもうあまり苦痛を与えたくないと導入し
ないことに同意されるのですけれど、お孫さん(40代)が
ひとり、正月明けに自分が、風邪を引いてるユキコさんに
気付いていたのに、その時点で病院へ無理してでも行かせ
ればよかったと言う悔いが残ってどうしても延命にこだわ
っておられました。

今の病状から見て、無理しなければまだ呼び掛けに反応は
あるし、目も開いてくれる、しかし挿管して人工呼吸器を
つけると、調節呼吸にしないといけない必要性から、意識も
落とさねばならないし全身への影響は大きく、しかもその
ことによる治療効果はほとんど期待できない。そういう
ことで我々の見解は導入はしない方向で、ということだった
のです。

結局はご長男の意向が優先されて導入しないと言うことに
なりましたが、お孫さんの心情も理解できるだけに辛いと
ころでした。無理な負担を伴わない昇圧剤などの治療は
出来る限りのことはやると言うことで今夜は見ることに
なっています。92歳まで生きてきた基礎体力に期待を
かけて・・・おばぁはん、がんばってな!


その4;1997/2/21;Yさん、力尽く

今朝7時過ぎに病棟から電話がかかってきました。
脈拍が3−40代になっているがやはり挿管しないか、と。
昨日の長い長い逡巡を思いながら、「もう要らないよ」
と返事をし、そそくさと起床して病院へ行く準備をはじめ
ました。間に合うか・・・?

思いとは裏腹に、病室へ到着してみるとYコさんは
意識こそ混濁していましたが、まだ橈骨動脈の拍動は
しっかり触れています。しかしいかにも細々とした呼吸
状態。血液ガスではすでに炭酸ガス分圧は80を越えて
いました。

その時点では昨日話し合いをしたお孫さんが付いていまし
たが、ご長男が家に帰っておられるとの由。でもまだ大丈夫
でしょうと返事をし、医局で用事をしていました。

そして午前9時半過ぎ、再度病室を訪れると、ご家族はみな
集まっておられました。モニタはきれいな心電図波形を
呈していたのですが、私が顔を覗きこんで

「おばぁはん、わかるかい?」

と声をかけた時、彼女がふーっとひと息吸い込みました。
そしてそのまま息をしなくなりました。そうです。Yさんは医局
での用事をすませてあがってくる私を待ってくれて
いたのです!

それから心電図波形が完全に平坦になるまで約20分間、家族と
ともに臨終を見守りました。本当に静かな、安らかな死の
訪れでした。きれいなお顔でした。挿管などしなくて本当に
よかったと思える表情でした。なにか肩の荷がおりた感じがし
ました。

午後1時過ぎ

「先生、私は大丈夫よ、しっかりしなさいよ」

という彼女の声を思い出しながら、寝台車を見送りました。

Yさん、さようなら、楽になってよかったね。 合掌

(この項終わり)